不測の事態にトライするからエネルギーが生まれる(長谷場亮祐)1/3


天草出身の先輩方にランチをご馳走になりながら
成功の秘訣を聞くコーナー
『先輩!ゴチになります!!』

第3回目はこの方にお話をお伺いしました。

interview-200804-haseba

株式会社長谷場商事 代表取締役 長谷場亮祐さん

聞き手 天草元気プロジェクト 松村・佐伯
取材日 2008/4/16
取材場所 居酒屋「ひごの屋」外苑前店(港区南青山)

長谷場さんは牛深市出身で天草高校卒業後に上京。
起業後、青山を中心に居酒屋をチェーン展開なさっています。
現在の状況なども踏まえていろいろお聞きしました。

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不測の事態にトライするからエネルギーが生まれる(長谷場亮祐)2/3
不測の事態にトライするからエネルギーが生まれる(長谷場亮祐)3/3

見かねた女房が「とにかくやめてなにかやろう」と

佐伯、松村 今日はよろしくお願いします。

長谷場 よろしく、なんだか緊張するな~(笑)

佐伯 いつもの感じでお願いします。(笑)

松村 長谷場さんは牛深生まれなんですよね?

長谷場 生まれたときは玉名にいた。

佐伯 そうだったんですか!

長谷場 小学校4年生のときに牛深小学校に転校したんだけど、親父が学校の先生だったんだよ。 転勤が多いんだよ。

佐伯 もう県内をいろいろとですか?

長谷場 天草内で転勤が多かった。牛深小学校のあとは、天附中学校に2年間行って、 久玉に1年間いったのよ。高校は天高で3年間。 その後は神奈川大学にでてきた。天草はそれぞれの土地で薄いんだよ。

佐伯 あ~

長谷場 だから何があっただろうというと意外とわからなかったりする。 そういう意味では天草の役に立ちたいということでも詳しくなくてね。

佐伯 でも、それでも天草に何かというのを思っていらっしゃる。

長谷場 それはあるけれどお、天主堂や何かというのは行ったことがない。 天草を語れないという弱い立場だよ。(笑)

松村 いやいや、弱くはないですよ。

佐伯 天草を出られたタイミングは進学なんですね。

長谷場 そう。それ以来、しばらく帰ってなくて、親父が教員を退職して熊本に移った。 今は天草には身内は誰もいなくて、墓だけがある。

佐伯 へ~

松村 小さいころの天草、牛深で印象に残っていることは?

長谷場 印象に残っていることは・・・いじめだね。

佐伯 え~本当ですか?

長谷場 いやじゃない思い出で残っている。ああいうこともあったなと。 単純に玉名から来た転校生に対するものだろうからね。うらみも何もないよ。(笑)

松村 逆に、天草人のコンプレックスなんですかね?

長谷場 あはは、あったかもしれないね。玉名は牛深よりは都会だったね。(笑)

松村 時代でいうとどのくらいなんですか?

長谷場 僕は昭和15年生まれだから、小学校4年生だと・・・

松村 昭和25年くらい。戦後すぐなんですね。そのころの天草の風景というのは どんな感じだったんですか?

長谷場 牛深の風景で記憶に残っているのは、小学校の校庭にある「センダンの木」だね。

松村 「センダン」というのは?

長谷場 イチョウだったかな?間違ってるかもしれないけど。(笑)

佐伯 牛深というと漁業というイメージもありますね。

長谷場 そうだね。船団が夕方に出向して、朝帰ってくる。 それはもう壮観だったね。大漁旗を揚げて。 なぜか知らないけど「軍艦マーチ」を流してね。

松村・佐伯 へぇ~。

松村 昭和25年といえば、戦後間もないころだからですね。

長谷場 この商売にかかわったのは、大学時代にハワイアンバンドをやってたんだよ。 落第を2回やった。(笑)夜だから学校に行かないんだよ。

佐伯 はまりすぎて。(笑)ハワイアンはどこでやるんですか?

長谷場 キャバレーとかクラブ。昔は多かったからね。 非常に未練もあったけれど、卒業してサラリーマンになった。

佐伯 どういう会社だったんですか?

長谷場 繊維会社、今あるイトキン

松村 あの原宿の。

長谷場 昔はなかったんだよ。日本橋の浜町にあったんだよ。

佐伯 アパレルですね。今のイメージと違いますね。

長谷場 3年半くらいかな?自分も勤め始めて気がついたんだけどね。 出世欲がゼロなんだよ。直属の部長とか専務とかいるんだけどね。 そういう立場になりたいとかがゼロなんだよ。 だからそのうち会社に行くこと自体が苦痛になった。 そのころイトキンは廉売専門会社だったんだ。 それがデパートの一角に出展するプロパー商品にチャレンジしようということで、 俺が選ばれたんだよ。 ところが毎日毎日が苦痛でしょうがなかった。 それを見かねた女房が「とにかくやめてなにかやろう」と。

松村 奥様が最初の一押しですか?

長谷場 見かねてだね

松村 毎日ぐったりして帰ってくるからですね。

長谷場 出世欲が本当にゼロなの。だから今も肩書きには興味がないのは一緒かもしれない。 それで小さなスナックをはじめた。今自分が相談されるとやめろというような無茶をやった。 青山通りの5丁目の交差点の角でやったのよ。 最初は酒も飲めない、青山もろくに行ったことがない。そういうところでやったんだよ。 女房の社交性のおかげだね。

佐伯 奥さんの存在ですね。