人生は終わりなき旅。「死んでもこれで満足だ」というのはない。 2/4(藤川富次さん)


天草出身の先輩方にランチをご馳走になりながら
成功の秘訣を聞くコーナー
『先輩!ゴチになります!!』

第4回目はこの方にお話をお伺いしました。

interview-200812-fujikawa

天草産業株式会社 代表取締役 藤川富次さん

聞き手 天草元気プロジェクト 青木・平田・佐伯
取材日 2008/12/02
取材場所 藤川さんのお宅(八王子市)

藤川さんは倉岳町出身で天草高校卒業後に上京。
八王子を中心に欧米・北欧住宅の販売の会社を経営なさっています。
現在の状況なども踏まえていろいろお聞きしました。

人生は終わりなき旅。「死んでもこれで満足だ」というのはない。 1/4(藤川富次さん)
人生は終わりなき旅。「死んでもこれで満足だ」というのはない。 2/4(藤川富次さん)
人生は終わりなき旅。「死んでもこれで満足だ」というのはない。 3/4(藤川富次さん)
人生は終わりなき旅。「死んでもこれで満足だ」というのはない。 4/4(藤川富次さん)

藤川さんのお宅の近くのフレンチレストラン・レジェに移動し、 高校の同期であり、天草産業株式会社の営業部にいらっしゃる坂本さんとお話を伺いました。
ワインもたくさん飲みながら、おもしろい話をたくさん伺えました!

何度もチャレンジできるような環境が重要だよね。

佐伯 上京されたときのことをお伺いしたいのですが、 高校卒業後にご両親のいらっしゃる東京に出てこられたとのことですが、 やることはきめていらっしゃったんですか?

藤川 いや、そうではないよ。ただ家業を継ぐということで、それが何の仕事かはしらなかった。 当時、自分で何がやりたいというのはなかったんだよね。いい加減なんだよね。(笑)

全員 (笑)

藤川 今考えるとそう思う。ただ、一族の繁栄しか考えていなかった。 大工だろうがなんだろうが、何の商売をやっても同じだったと思う。 何も考えていなかったから、建築屋になろうとも、これっぽっちも思っていなかったし。

佐伯 現在にいたる最初の転機というのは。

藤川 たまたま、親父のところに、2×4(ツーバイフォー)をやらないかという話があって、見たら、「これは、いいや!」と思って。

佐伯 すみません、専門ではないので。。。2×4というのは?

藤川 日本語で言うと枠組み壁工法といって、アメリカではプラットホーム工法というものを、 簡単にして2インチ×4インチでやるから、ツーバイフォー工法というんだよ。

佐伯 その話が来てから、家を建てるという方向性になったんですね。

藤川 それでアメリカに見に行こうと思ったの!

佐伯 いきなりなんですか?

藤川 現場をやってね。また楽なんだ~!これが。仕事が!

佐伯 楽なんですか?今までに比べて?

藤川 もうそう、楽!2週間で5軒くらいタテ型つくっちゃって。二人で。 これ簡単じゃないかって!でも普通に作ってたら値段でたたかれるから 個性的な家を作りたいと思って。

佐伯 そういう商売の感覚はもともと持っていらっしゃったんですか?

藤川 そんなの何もない。行き当たりばったり。ただね。考えるでしょ。 漠然とやったってしょうがないからオリジナリティがある、他所が真似できないといったもの。 住む人が喜んでくれる家とかね。

佐伯 そうですね。使う人が喜んでくれるのは、根本ですね。

藤川 そういうのは若いころから考えていた。

佐伯 何軒か建てて、それからアメリカに見に行こうとなったんですか?

藤川 そう!

佐伯 やっぱり、アクションですね。

坂本 展示場を作ったのが大きかったんじゃない?

藤川 何の力もないのに作っちゃう。ある有名な建築事務所さんがつくった家を見て、 よせばいいのに、「大したことないな」と思っちゃったの。 俺にもできるって。年は一回りも二回りも上の人たちだったんだけど、 アメリカや日本の有名な大学を出た人も多かったな。 「こいつら大したことない」と思っちゃったのが、間違いだったね。(笑) それを思うこと自体が田舎ものでしょ?

佐伯 そう思ったことが、今形になっているということですよね。

藤川 そうだね。今はその有名な人たちがあまり食えなくなってて 仕事を出したりしているからね。 その人たちとはよく論争をしていたよ。ディベート大好き。

全員 (笑)

藤川 小さいときからやってた。宮田がそんなところだよ。

佐伯 とんちを聞かせた会話もそうだし。

平田 ユーモアもそうですね。

藤川 自分の考えを話してた。政治経済などね。そういう育ち方してるんだよ。

平田 アイヌの話を聞いたこともあるんですが、アイヌの人たちは争いごとが起きると必ず、 話し合いで解決させていたらしいです。 一番弁の立つ人が一番えらかったみたいですね。

藤川 ギリシャの方でもそうだって聞いたことがある。

青木 ローマ法王の話もそうみたいだね。ずっと話し合いをして、 体力のないほうが、もう良いやと思ったら負けだったって。

平田 そうそう、三日三晩話すっていっていました。

藤川 よく言われているよね。科学者でも文学者でも体力があるやつが勝つって。 科学者なんかでもいろんな実験で、長い時間かけてやって、一瞬を見なければいけないときによく、 うとうとっとしてしまうんだよ。そういうのを見逃さなかった人がきっと世界的に有名な科学者になるんだよ。

佐伯 ところで当時2×4を扱っていて、今の欧米の住宅を見たときに「これだ!!」という感じだったんですか?

藤川 そんなに感動はなかったけど、「これだよね。」とは思ったよ。 外から見ただけで、間取りを考えちゃうもんね。

佐伯 は~、天才ですか?

藤川 自分では天才だと思っている(笑)。誰も言ってくれないから。 そう言ったほうが面白いじゃん。

佐伯 アメリカにどれくらい視察にいかれたんですか?

藤川 1週間くらい。

佐伯 え?たった。。。

藤川 だって家しか見ていないから。新婚旅行でハワイに行ったときも、 みんなビーチに行っているのに、10日間、毎日山に登って家を見ていたんだ。

青木 家の中はその時は見なかったんですね。

藤川 そのとき外から写真を撮っていたら、家の人が「何をやってるんだ」って言ってきたから。 「俺は日本の建築家で家を見て回っている」といったら、 「じゃあ、中も見て行け」って。

佐伯 ところで、藤川さんのお話を聞いていると、苦労が見えないのに、実績を出されているように聞こえるんですが。

藤川 苦労はしていないよ。

佐伯 ただ端々見ていると、たとえば新婚旅行だって、普通は仕事していないですよね。

藤川 だってそれが楽しいんだもの。俺にとっては。

佐伯 新婚旅行のころには、設計をして、アメリカの住宅を売っていらっしゃったんですか?

藤川 そうそう。アメリカよりもアメリカの家を作ってやろうと思っていた。

佐伯 アメリカよりアメリカの!

藤川 今の俺の図面はそうだよ。スウェーデン人よりスウェーデンの家を描くってスウェーデン人が言ってるんだから。お前が描く家こそスウェーデンの家だって。(笑)

佐伯 最初から売れたんですか?

藤川 売れたんだよ~!(笑)最初、八王子の住宅展示場に出さないかって話があったんだよ。 どうしようかと悩んで、よし、やるかってことにしたんだけど、それが最初の試練だったよ。 資本がかかる商売だから。
そこで契約しようとしたら、おたくとは契約できないって言われて。

佐伯 え~。

藤川 ふざけるなよって思ってたら、住宅業界がいい感じになってきて、今度は立川の展示場に出ないかって話がきたら、今度は屋敷ゾーンに出せってことになったんだけど、これも試練かと思ってやってみたんだよ。 その後に3度目くらいの輸入住宅ブームが来たから、ばかばか売ったんだよ。
でも全然儲からないの。

佐伯 そうなんですか?

藤川 積算が間違えてたんだ。

佐伯 あ~。

藤川 半年くらいで締めたら、全然儲かっていなくって。

佐伯 売れてはいるけど儲けは出ないと。

藤川 そう。それでもう一度見直して、それから利益が出せるようになった。

佐伯 それを見直すときも社長自ら見直したんですか?

藤川 なんでも自分でやった。誰もやってくれないから。今は弟たちもいるけど。

佐伯 お父様の跡継ぎからスタートして、すべての権限をお持ちになったのは?

藤川 うちの親父は、商売のことになると、金儲けとか利益とか考えていないの。 やっちゃえみたいな性格だから、商売はへたくそなんだよね。

佐伯 じゃあ、お前がやりたいことをやれ。という感じで。

藤川 そう、お金をもうけられればそれで良いって。俺が稼いだ金で、 自分は遊んでるみたくな感じでね。そういう親父だから死ぬまで本当に苦労したけど、 俺は親父とお袋に死ぬまで貧乏させたことはなかったよ。 心配もさせたこともなかったし、させる気もなかったから。 日本一の孝行息子で居たいと思っていたから。

佐伯 すごいですね~。

藤川 うちの親父は威張ってたよ。見積もり作ったり、発注業者も全部俺が決めて、親父は確認と小切手を切るだけ。 仕事を取りに行くのも俺だし、現場を見るのも俺だし。 営業もやるし、図面も描くし、積算もやるし、相撲の席も取りに言ったこともあるね(笑) 当時、相撲がとても人気で取れないチケットとってね。

佐伯 跡取りにすべて任せるのも、お父さんの器も大きいですよね。 結構順調に行ってるときから、藤川さんにまかせていらっしゃったのですか?

藤川 借金だらけだったよ。(笑)おおらかな人だったから。 借金が多すぎて、どうにもならないから東京に逃げてきたんだもの。

青木 天草も海に囲まれた海洋民族だとすれば、海に出れば何とかなると言う様な状態でないと、 生きていけなかったと思うんです。

佐伯 たしかに、リスクだけを考えていたら、海には出れないですよね。

青木 今の天草に足りないスピリッツというか。お父さんにはそれを感じます。

藤川 明るさとか、何とかなるさというのはないみたいだね。 天草の人間はねたみが強すぎる。

青木 何かあれば、親戚が恥をかくんだよって言って、ブレーキというか足かせをする人が多いですよ。

藤川 それが一番よくないね。

佐伯 そうですよね。

藤川 日本自体が今そうだね。特攻隊みたいなもんだよ。中小企業の経営者も。 ゼロ戦が強かったのはスピードだったと思う。ただ問題なのはパイロットをガードする鉄板が薄いということ。 だから飛行機が軽いからスピードは出るんだけど、そのうちエンジンにパワーがあるのが出てくると負けるし、 今中小企業経営者は会社がつぶれたときは自分が死ぬときだもの。

佐伯 そうですね。

藤川 それはおかしいでしょ? 資本主義の経済なんだから、今経済危機で騒がれているけど、実際ノンリコースローンでしょ? 企業に融資するんだから、企業がだめになったらそれで終わり。個人保証をさせるようなねたみ。 何で会社つぶしたのに、あんなに贅沢しているんだ?みたいな? それは資本主義の原理原則を外れているから、復活することができないわけ。 例えば、軍人の中でもゼロ戦を操縦できる人間。今風に言いうと、経営できる人間。 肉体的にも精神的にも頭脳も普通の人間と違うのに、その人が一度失敗したら、 パラシュートで飛び降りてもう一回っていう風にね。 飛行機は何度でも作れるわけだから。それに乗って戦いにいけないということになっているから、 日本もそうだし、天草もそうだし、それがおかしいと思っている。

佐伯 そうですね。

藤川 そういうところが欧米的ではない。今はアメリカも厳しいし、ヨーロッパも厳しい。 でも日本より復活は早いと思うよ。

青木 日本って船と一緒に沈めって言う感じだものね。

藤川 それはよくないよ。やっぱりだめだったらだめで、もう一度チャレンジすることが重要で、 何度もチャレンジできるような環境が重要だよね。

坂本 今は日本もだいぶチャレンジできる様になったんじゃないの?

藤川 まだ借り入れにしても個人保証ばかりだよね。やめようという動きはでてきているけどね。

佐伯 あと、なかなか貸してくれないですよね。

藤川 事業計画書がどんなに良くったって、貸してくれないからね。

佐伯 担保は何があるのか?がいまだに重要ですよね。

藤川 韓国の人なんか、そういうところにみんなでお金を出すからね。 アメリカのノンリコースローンも金利は高いけどね。会社がだめになっても貸したほうの責任だからね。

佐伯 そのリスクが金利ということですよね。

藤川 日本の銀行もノンリコースの勢いがつくと、最初にやった銀行は有利になると思うけどね。 その分金利が高くなるんだから。 銀行員自身が自分の仕事に誇りを持てるようになるよね。

佐伯 選択や判断が直接業績に響くわけですからね。

藤川 なんだか堅苦しい話になっちゃったな。何の話をしていたんだっけ?

佐伯 お父様の話から急に進行しましたね。